絶滅危惧種塩沼ハサミガニ Clistocoeloma sinense の日本沿岸局所集団における遺伝的集団構造

絶滅危惧種塩沼ハサミガニ Clistocoeloma sinense の日本沿岸局所集団における遺伝的集団構造



本研究は日本沿岸に分布する塩沼ハサミガニ(Clistocoeloma sinense)の局所集団間の遺伝的多様性と接続性を明らかにするため、ミトコンドリアDNA(COI領域、528 bp)を用いて解析を行ったものである。

2011–2012年に東京湾内8地点と本州西部~九州・沖縄を含む計17地点から合計418個体を採取した。

主な成果は以下の通り: - 全体で9種類のmtDNAハプログループが確認されたが、ほとんどの局所集団でハプロタイプ・ヌクレオチド多様性は低かった(ボトルネックや創始者効果が原因と推定)。

- 東京湾内の局所集団は特に遺伝的多様性が低く、これは生息地の大規模な喪失・分断(埋立て等)による影響が示唆される。

- 東京湾と伊勢–三河湾(中央本州)間には明瞭な遺伝的分化が認められ、陸地(例:伊豆半島)や海洋環境が幼生移動の障壁になっている可能性がある。

- 全体として孤立距離(isolation by distance)は認められず、局地的な遺伝的差異は海岸線の生息地連続性や幼生の移動能力(本種は幼生期が比較的短い)に起因すると考えられる。

結論として、局所集団の安定には遺伝的連結が重要であり、現存生息地の保全・塩沼の復元や新規生息地の創出が有効な保全策であると提言している。



活用案

- 保全計画策定:遺伝的データを用いて東京湾など優先保護地域を選定し、復元プロジェクトの優先順位を決定する。

- 生息地復元・創出:塩沼の復元地や緩衝帯の設計に本データを用いて、幼生の再移入や再定着を促す配置を検討する。

- 環境影響評価:埋立て・開発前後の遺伝モニタリング指標としてCOIや将来の微衛星データを活用する。

- 研究・教育:地域の生物多様性教育や市民参加型復元(市民モニタリング)に遺伝的脆弱性の事例として利用する。

- 次段階研究:微衛星や全ゲノム解析で現代的な遺伝子流動を解析し、移入管理や遺伝的救済(必要ならば慎重な個体移動)の判断材料にする。



よくある質問


Q: 研究の目的は何ですか?
A: 日本におけるClistocoeloma sinenseの局所集団間の遺伝的多様性と接続性(幼生による分散経路)を明らかにし、保全対策の基礎情報を得ること。
Q: どのようなデータで解析しましたか?
A: ミトコンドリアDNAのCOI領域(528塩基対)を用い、17地点・418個体を解析してハプロタイプやFST、AMOVA、人口史の検定(Tajima's D, Fu's Fs, mismatch 分布)を行った。
Q: 主な発見は何ですか?
A: 全体的な遺伝的多様性は低く(9ハプロタイプ)、特に東京湾の集団で低多様性が顕著。東京湾と伊勢–三河湾間には明確な遺伝的分化があり、これは幼生輸送の障壁を示唆する。
Q: なぜ遺伝的多様性が低いのですか?
A: 埋立てなどによる塩沼生息地の喪失・分断による最近のボトルネックや創始者効果が主因と考えられる。さらに本種は幼生期が短く、遠距離分散能力が低いことも影響する可能性がある。
Q: 保全のために具体的に何をすべきですか?
A: 残存する塩沼生息地の保全、沿岸塩 marsh(塩性湿地)の復元・創出、生息地の連続性確保による遺伝的連結の維持が最優先。将来的には微衛星等の核DNAマーカーで現代的な遺伝子流動を評価することも推奨される。



未来予測

- 本研究の知見は沿岸開発の影響評価や保全計画に直接利用でき、特に東京湾の局所集団は遺伝的脆弱性が高いため優先保護区域に指定される可能性がある。

- 塩沼の復元と生息地間の連結化が進めば、局所集団の遺伝的多様性と回復力が改善されると予想される。

- 今後、微衛星やゲノム解析を用いた詳細な遺伝子流動解析が行われれば、効果的な遺伝的補強(移入や個体移動の方針)やモニタリング設計が可能になる。



元論文はこちら: https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0084720



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