トレポネーマ症の起源に関する研究:系統解析によるアプローチ
トレポネーマ症の起源に関する研究:系統解析によるアプローチ
本研究は、梅毒を引き起こすTreponema pallidum subsp. pallidum(subsp. pallidum)と、ヨークス(yaws)、地方性梅毒(endemic syphilis)、ピンタ(pinta)などの非性行為伝播型トレポネーマ菌株(非梅毒株)との起源関係を分子系統学的に検証したものです。
世界各地から集めた計26株(うち南米ガイアナから採取した非梅毒株2株を含む)について、ゲノム中の21領域(合計約7 kb)を配列解析し、単一ヌクレオチド多型(SNP)と挿入・欠失(indel)を用いて系統樹を作成しました。
その結果、(1)非性行為伝播型のyaws株が系統の基底(最も古い位置)にあり、旧世界(アフリカ・太平洋地域)のyaws株が先行的であること、(2)現在の梅毒菌株(subsp. pallidum)は比較的最近分化しており、今回解析した中では南米(ガイアナ)のyaws株が梅毒菌に最も近縁であることが示されました。
これらは、梅毒が新世界起源でありコロンブス時代の大航海を通じて旧世界に導入された(コロンブス理論)ことを支持する証拠を与えます。
一方で、解析対象領域の多くで塩基変異が非常に少なく、tpr遺伝子群などには遺伝子変換による再配列が頻発するため、結果には検出上の限界と不確実性があります。
活用案
- 歴史疫学・古病理学の研究材料として:考古標本の古DNA解析と組み合わせ、過去のトレポネーマ感染の分布と伝播経路を検証する。
- 公衆衛生・撲滅プログラムへの支援:現在残るyaws感染地域の監視・系統解析により、局所的な伝播連鎖や再導入の追跡が可能になる。
消滅危機にある系統の保存と記録にも重要。
- 分子診断マーカーの探索:tprやtp92など、亜種間で差異のある領域は特異的診断法や検査パネルの候補になり得る。
- 病原体機能研究・ワクチン設計:変異が病態に関わると考えられる遺伝子を標的にした免疫原や治療標的の探索。
- 非ヒト霊長類のトレポネーマ研究:霊長類由来株を解析することでヒトとの交差感染や共進化の検証が可能になり、自然宿主動態の理解に寄与。
よくある質問
Q: この論文の主要な結論は何ですか?
A: 現存の遺伝データに基づく系統解析から、梅毒を引き起こす株は比較的最近に分化し、南米由来のyaws株が梅毒菌に近縁であることが示され、梅毒の新世界起源(コロンブス理論)を支持する結果になりました。旧世界のyaws株は系統的に基底に位置します。
Q: どんなデータと手法を使っていますか?
A: 26株のTreponema(ヒト由来22株、野生バブーン由来1株、ウサギのT. paraluiscuniculi 3株)から、ゲノム上に散在する21領域をPCR増幅・配列決定し、SNPとindelを選んで再組換えの検査を行ったうえで、最大尤度や最節約法による系統解析を実施しました。
Q: この研究の限界は何ですか?
A: 変異量が非常に少ないこと、非梅毒性株のサンプル数(特に新世界のサンプル)が限られること、tpr遺伝子群のように遺伝子変換や再配列が頻発する領域があること、ガイアナ試料のDNAは劣化しており調べられた領域が限定的だった点などが挙げられます。したがって結論には不確実性が残ります。
Q: なぜtprやtp92遺伝子が注目されるのですか?
A: tpr遺伝子群やtp92には非同義変異(アミノ酸変化)が集中しており、病原性や組織指向性に関わる可能性が示唆されています。tpr群は遺伝子変換が多発するため進化の駆動力になり得ます。
Q: これで「梅毒は間違いなくコロンブスが持ち帰った」と言えるのですか?
A: 本研究はコロンブス理論を支持する強い分子的根拠を提供しますが、サンプル数の制約や遺伝的多様性の低さなどのため「決定的」とは言えません。より多くの新世界・旧世界の試料、非ヒト霊長類由来株や古代DNAの解析があればさらに確証が得られます。
未来予測
- 追加サンプリング(特に南米の歴史的あるいは野生個体由来株、非ヒト霊長類由来株)と全ゲノム解析が進めば、トレポネーマ属の進化経路や病態決定要因がより明確になり、梅毒の起源・拡散に関する議論はさらに収束すると予想されます。
- tpr遺伝子群やtp92などに見られる非同義変異の機能解明が進めば、病原性や組織嗜好性(皮膚病変 vs 性器病変)の分子基盤が明らかになり、診断・治療・ワクチン研究に応用される可能性があります。
- 古病理学・考古遺伝学(古DNA解析)と分子系統学の統合により、過去の流行や病態の解釈が見直され、歴史疫学の理解が深まるでしょう。
元論文はこちら: https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pntd.0000148
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