サソリが「尾」を切り落として逃れる:Ananteris属サソリにおける自切(オートトミー)の結果と含意
サソリが「尾」を切り落として逃れる:Ananteris属サソリにおける自切(オートトミー)の結果と含意
自切(オートトミー)は外的刺激に反応して動物が自発的に体の一部を切り離す防御行動である。
本研究は新熱帯のブチダ科サソリ属Ananterisの複数種(調査で少なくとも14種、過去報告を含めると15種以上)における尾(後腹部=メタソーマ)の自切を、野外観察・飼育実験・標本調査・走査型電子顕微鏡で記録・解析したものである。
主な知見は以下の通り。
- 自切は主に成体オスで多く、未成体では観察されなかった。
野外での発生率は集団で概ね5–8%(成体オスに限ると最大約14%)と低〜中程度。
- 捕獲を想定してメタソーマをつかまれると、個体は前肢や脚で体を固定しつつ数秒以内に決まった節間(主に第III–IV節)で尾を切り離す。
切断面はAnanterisでは鋭くきれいで、特定の切断面(cleavage plane)が存在する。
- 切り離された尾は自発的に痙攣・蠢動し、触れると刺針(テルソン)を振るい刺そうとすることがある(気をそらす働き)。
切断後の傷は数日で塞がり、5日ほどで出血は止まり瘢痕が形成される。
- 切断によって肛門と尾部の消化管および毒腺・刺針が失われるため糞は出せなくなり、大型の獲物を刺して捕らえることはできなくなる。
しかし小型の餌は把持して摂食でき、実験下ではオスは最大8か月生存し交尾も可能であった。
- 自切は神経系で制御されると考えられ、麻酔(氷冷)下では起こらず、滑らかな基質や空中保持では発現しない(粗い基質に前肢が接地していることが必要)。
これらから、Ananterisのメタソーマ自切は捕食回避の適応的行動であり、生存と繁殖への利益がコスト(毒腺・消化器の一部喪失など)を上回る場合に選択されていると結論づけられる。
活用案
- 基礎研究:切断面の微細構造や神経制御を分子・組織レベルで解析し、動物の再生・防御戦略研究に応用する。
- 生態・保存管理:Ananterisの行動特性を考慮したモニタリング法や保全計画(オスの行動期や捕食者圧の評価)に利用する。
- バイオミメティクス:予め決められた「切断点」での迅速な分離と速やかな傷封鎖という特徴は、ロボットの脱着機構や緊急解放装置の設計に応用できる。
- 教育・普及:防御行動や進化の事例として教育資材や展示(博物館、自然史教育)に活用できる。
- 実験モデル:捕食回避とトレードオフ(毒の喪失・排泄不能など)を扱う実験系として用いることで行動生態学の教育的教材になる。
よくある質問
Q: 自切とは何ですか?
A: 自切(オートトミー)は外的刺激に応じて動物が自発的に体の一部(この研究では尾=メタソーマ)を切り離す行動で、防御や捕食回避の手段です。
Q: Ananterisのサソリはどの部分を切り落としますか?再生しますか?
A: 主にメタソーマ(尾)とテルソン(刺針・毒腺)を切り落とします。切断された尾は再生しません。切断部は5日ほどで瘢痕化して閉鎖します。
Q: 自切はどのような状況で起きますか?
A: メタソーマを掴まれ、個体が粗い基質に前肢・脚を接地して抵抗すると数秒で起こります。滑らかな表面や空中で保持された場合、また麻酔下では起きません。
Q: 自切によるデメリットは何ですか?
A: 毒を注入する能力を失う、肛門と後部消化管を喪失して糞が出せなくなる(体内に排泄物が蓄積)、大型獲物の捕獲困難、潜在的に寿命短縮や繁殖への影響がある可能性があります。
Q: 自切した個体は生存・繁殖できますか?
A: 実験ではオスは数か月生存し、少なくとも実験的条件下で交尾して精子伝達に成功した例が観察されました。したがって、生存して繁殖する可能性は十分あります。
Q: 他のサソリ科でも自切は見られますか?
A: 本研究で実験した他の属や科(Several bothriurid, buthid, hormurid等)では自切は観察されませんでした。Ananterisに特徴的な可能性があり、属内共通祖先の派生形質(シナポモルフィー)であるか検討が必要です。
未来予測
- 進化生物学的研究:Ananteris内で自切が系統的にどのように分布するかを解明することで、自切の進化的起源と選択圧(捕食者圧、生態的行動)を明らかにできる。
- 神経・発生学的研究:自切を制御する神経回路や組織学的基盤(切断面の構造、節間膜の特化)を解析することで、動物の自切機構一般の理解が深まる。
- 生態学的影響評価:自切による生存と繁殖への長期的影響(寿命、繁殖成功率、個体群動態)を明らかにすることで適応価値を定量化できる。
- 応用分野への波及:生物模倣的な分離機構や自己切断・脱着メカニズムの設計指針として工学・ロボティクスに利用される可能性がある。
元論文はこちら: https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0116639
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